法報タイムズ 人事労務の最新情報満載のメルマガを毎月無料でお届けします!

TOP >> 法報タイムズ

法報タイムズ

購読申し込みはこちら(購読無料)


第302号

2010年04月25日発行

法報タイムズ 第302号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■2010.4.25/vol.302            発行総数:5,256 部

    ┏━┳━┳━┳━┳━┳━┓
    ┃法┃報┃タ┃イ┃ム┃ズ┃
    ┗━┻━┻━┻━┻━┻━┛

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【目 次】

■今月の人事労務相談室
■5月の歴史事件簿
■読者アンケートのお願い

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■今月の人事労務相談室
───────────────────────────────────
定期賞与を分割支給することはできますか
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【相談内容】

  当社も不況の影響を受けて、制度どおり定期賞与を支払うことが微妙な状況
にあります。下記のような方策を検討しておりますが、問題ないでしょうか。

1.本来、夏季賞与は6月に支給することになっているが、これを6月と8月
 に分割して(2分の1ずつ)支給する。
 [前提]給与規程では、6月と12月の年2回となっている。

2.8月の支給分については、支給時の会社業績に応じて決定する。よって、
 必ずしも支給されるものではない。
 [前提]給与規程では、夏季賞与は、本来は上期(9月1日から2月末日ま
 で)の業績によって決定されることになっている。

3.8月の支給時に退職している者には支給しない。
 [前提]給与規程では、冬季賞与は9月1日から2月末日までの在籍者に対
 して支給されることになっている。

4.今回の夏季賞与は、従来の算定率を用いるのではなく、新しい算定率(従
 来の算定率よりも低い数値)」を乗じて原資を決定する。
 [前提]給与規程上は、「会社業績によりその賞与原資額を決定」とされて
 おり、具体的な算定式は明示されていない。ただし、運用上は一定の算定率
 が賞与原資額の算定基準として用いられてきた。

───────────────────────────────────

【社労士のアドバイス】

 給与規程では、夏季賞与は6月に支給することが約束されておりますので、
規程を変更しないかぎり、分割して支給することはできません。そこで、分割
という考え方ではなく、8月支給については夏季賞与とは別の臨時的な賞与と
して支給してみてはいかがでしょうか。

 6月支給の賞与については、従来の算定率で算出したとしても、給与規程に
は「会社業績によりその賞与原資額を決定」とありますので、会社業績に応じて
原資を調整することは可能と考えられます。

 また、8月支給の賞与については、臨時的な賞与として新しい算定率を基準
に在籍者のみに支給するとしても、これは給与規程で約束されたものではない
ため問題ないものと考えられます。

 なお、臨時的な支給については、給与規程等に明示する必要はありませんが、
事前に支給予定日や対象者(在籍者のみであること)を社内に周知しておいた
方がよいでしょう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■5月の歴史事件簿
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆─────────────────────────────────◆
      信長の無理難題と家康の忍従 ~長男信康の悲劇~
◆─────────────────────────────────◆

 関ヶ原の戦いの後、1603年(慶長8年)に幕府開府を成し遂げ、将軍に
就いた徳川家康。しかし、わずか数年後には、将軍職を三男秀忠に譲っている。
筋目からすれば、二代目は長男に譲るべきところ。時に二男秀康は結城家の養
子となっており、既に徳川の人に非ず。では、いったい長男は?となる。長男
の名は信康。家康がまだ今川家の人質時代に妻、瀬名姫(のちの築山御前)と
の間に授かった悲劇の子である。

 信康の人となりは、幼少の頃より質実剛健そのもの。家中ではその将来をあ
まりにも嘱望されていた。信康がまだ物心つくかつかないかの頃、父家康は主
たる今川義元上洛の先鋒部隊として尾張の砦を攻略中であった。しかし、義元
は田楽狭間で織田信長に討たれ、これを機に家康の運命は180度がらりと変
わる(いわゆる桶狭間の戦い)。「義元討たれる!」の事実を知るや、家康は
疾風の如く、空城となった故郷の岡崎城を今川より奪取。妻子も巧みな調略で、
今川より無事救出。ここに、幼年時代から長きに渡った人質時代から家康はよ
うやく開放される。まさしく、ここから三河一国の領主として独立の道を歩ん
でいくのである。

 しばらく後、家康は信長と政治的同盟を結ぶ。しかし、この同盟さえなけれ
ば、家康は息子を悲劇へ追いやることはなかったに違いない。後に信康は、信
長の命によって切腹に追い込まれるのである。信康は同盟の証として、信長の
娘(徳姫)と婚姻。残念ながら、嫁姑の間柄は芳しからず。徳姫は頻繁に実家
へ手紙を書き送っていた。愚痴(ぐち)である。どの時代にもありがちな話で
あるし、殊更愚痴であれば「洒落」になろう。しかし、ある時、徳姫は洒落で
は済まされない事実を両親にしたためてしまう。姑(信康の母)が、敵方武田
に内応しているとの告発である。当然、信長は激怒。なんと、話しは膨らみに
膨らみ、姑だけではなく最愛の夫、信康までが武田に内応の疑いありとなって
しまう。結果、信長は妻・信康共々成敗するよう家康に無理難題を押しつける
のである。

 およそ20年後には天下の覇者となる家康も、当時は小国の領主に過ぎない。
表面上は信長と対等の同盟関係にあるとはいえ、立場は圧倒的に劣勢。しかし、
いくら信長からの要求とはいえ、何の罪もない我が子をむざむざ殺してなるも
のか。家康は重臣を信長のもとへ走らせ、戒めのために信康を領内の小城へ蟄
居させるので許して欲しいなど、なんとか懐柔を図る。しかし、父としての思
いが通じることはなかった。信長は家康の使者にこう言っている。「仮に信康
に武田への内応事実がなかろうとも、母子の情愛がいつ信康の道を誤らすとも
知れず。その時には家康殿の身に何が起こるかわからないゆえ、我に遠慮せず
に存分になされ。」ここで、「我に遠慮せずに」とは、信長が「信康の義父で
ある自分」に遠慮することなく、殺めてもらって構わないという大いなる皮肉
である。

 程なく1579年(天正7年)、信康は家臣服部半蔵の介錯によって自刃。
享年21歳。この事件の背景には諸説あるも、武辺者信康が自分の子よりも将
来大きな人物に成長するかもしれないという恐れ、つまりは後顧の憂いを絶つ
という、信長の行き過ぎた親馬鹿が招いたとも言われている。信康事件より長
い歳月の後、関ヶ原の戦いで桃配山に布陣した家康と家臣の会話には、こんな
切ないエピソードが残っている。

家康:「伜がここに居ればのう。」
家臣:「おっしゃるとおり、秀忠公が居らっしゃれば。」
家康:「その伜ではないわい。信康がことじゃ...。」
家臣:「.........。」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■読者アンケートのお願い
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 法報タイムズを毎月ご購読いただきまして、ありがとうございます。
 読者のみなさまからメルマガに関するご要望やご意見をいただく目的で簡単
なアンケートを実施しております。

 下記専用フォームより、アンケートにお答えいただけますでしょうか。

 読者のみなさまにとって役立つ情報であり続けるため、今後も努力してまい
ります。ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

 http://form.mag2.com/laegipicri
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■このメールマガジンは以下の配信システムを利用しています。
    まぐまぐ http://www.mag2.com/ 
    melma!  http://www.melma.com/
■バックナンバー http://archive.mag2.com/0000041295/index.html
■変更・解除は、ご登録いただいた配信システムで行ってください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■当マガジンは、法律問題の解説にあたり、十分な調査・研究を踏まえた上で
 発表しておりますが、読者がこれを実行されるにおいては一切責任を負いま
 せんので、ご注意ください。
■掲載記事の全部または一部の無断転載、複写、その他の二次的利用を禁止し
 ます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発行元】
 アクタスマネジメントサービス株式会社/アクタス労務研究所
【運営WEBサイト】
 アクタスWEBサイト     http://www.actus.co.jp/
 アクタス人事労務WEBサイト http://www.romu.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

バックナンバーTOPへ
ページの先頭へ